Q:
私は、運送会社で運転手として働いている男性です。先日、運送中に不注意で事故を起こしてしまいました。運転を誤って、車を配達先の倉庫の壁にぶつけてしまい、倉庫の壁の一部がくずれ、運転していた会社のトラックも破損してしまいました。怪我をした人はいませんでした。
配送先の会社と私が勤務している会社との間で話し合いを行い、倉庫の修理代+αを支払って示談が成立したと聞いています。幸いトラックの破損も修理可能な程度でした。
この前、社長から、「お前が不注意で事故を起こしたのだから、責任をとれ」「倉庫の修理代など相手への賠償に80万、トラックの修理で40万円かかった。」「会社が立て替えた120万円を返してくれ」と言われ、会社に120万円支払うよう要求されました。支払わなくてはならないのでしょうか?
A:
まず、配送先の会社に対する損害について考えてみましょう。
配送先の会社は、ご相談者の不注意な運転によって、倉庫の壁が崩れるという損害を被っています。これは、勤務先の運送会社の運送業務中に、関係のない配達先に損害を与えたということになり、民法上不法行為にあたりますので、損害賠償をする義務が生じることになります。
実際に事故を起こしたのはご相談者ですが、会社のために運送業務をしているときの事故ですので、自分の会社の従業員が、業務遂行に関して、他人に損害を与えたということになりますので、会社、つまりご相談者の勤務先に賠償義務が生じます。
これは、民法715条に規定されている使用者責任というものですが、会社は、従業員を使って利益を上げているのだから、その分、危険や責任も負担すべきと言う考え方に基づいて決められている制度です。
次に、勤務先との関係を考えてみましょう。
対外的な面では、他人に損害を賠償する責任は、一次的に会社が負うもののですが、対内的な問題として、従業員に責任がある場合には、会社は従業員に対して、責任を負うようにと請求する権利があります。これを求償権といいます。
また、従業員は会社との間で、雇用契約関係にありますが、業務を遂行するにあたって、会社に損害を与えないように注意する義務があります。不注意で会社の財産であるトラックを損壊して、損害を与えてしまったのであれば、注意義務違反ということになりますので、会社に損害を賠償する義務があると考えられます。
Q:
そうすると、120万円全額を支払わなければいけないということでしょうか?
不注意で損害を出したことは申し訳ないと思っていますので、賠償はするつもりです。でも、全額は納得がいきません。私にも多少の言い分はあります。
私は3か月前に今の会社に入社したばかりで、まだ経験が浅く、とくに今回の配送で運転したような大型トラックには慣れていませんでした。そのことは、会社にも伝えてあります。しかし、ベテランの運転手が辞めてしまい、その穴を私が埋めるようにと言われて、急に担当替えになったのです。
それに、最近人手不足で長時間勤務が続き、休みもなかなか取れなくて、疲れていました。事故のときも、慣れない大型の運転で緊張が続き、疲れてぼーっとしていて、目測を誤ったことが原因です。
会社にも責任があるのではないでしょうか?
A:
そうですね。お話のご事情から考えると、ご相談者に不注意があったとしても、全額賠償をする必要はないのではないかと思います。
ご相談者と同じようなケースで、判例は、会社が従業員に損害の全額を請求するのは、公平の観点から許されないとしています。会社は運転者を使って利益を上げているのですから、当然一定の危険も負担すべきだからです。運送会社であれば、運転者の事故による損害は当然予想すべきもので、保険などで手当てするのが通常だからでもあります。
そのため、通常、運転者に過失があったとしても、会社から従業員である運転者に損害の全額を請求することは認められません。会社と従業員とで損害に対する負担を分担することになります。
従業員の負担割合としては、おおむね損害の30%から10%といったところが一般的な判例です。
ただし、個別な事情によって変わってきますので、一般論としてお考えいただきたいと思います。
具体的には会社の事業目的、規模、就業状況、労働条件、就業規則、事故状況、損害の状況や金額、会社の配慮等の要素が勘案され判断されます。
ご相談のケースでは、慣れない大型の運転であること、会社はそのことを知っていたこと、会社の都合による配属であり、相談者は担当替えを申し出ていたことや、長時間勤務による疲労などの事情も考慮されることになると思います。
(12月14日放送)